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「教育勅語」という妖怪が大手を振って現れた!

 森友学園絡みでいろいろなものが見えてきているが、いちばん驚いているのが、いまや教育勅語がなぜ否定されたのかが曖昧になり、それを肯定する連中が政権の中枢を担っているという事実だ。

 8日の国会で、稲田防衛相は教育勅語を全面的に評価すると臆面もなく述べている。

 彼らが曖昧にしているのは、教育勅語にいうところの天皇は、新憲法下の象徴天皇とも違って、「神聖にして侵すべからず」という絶対的権力者として、また「現人神」としてあったということ、したがって何者もそれに抗うことができなかったという歴史的事実だ。

 

 だから、教育勅語のいう、「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」は、天皇のために死ねということであり、実際に3百万という人間が「天皇陛下万歳」を強要されて死んでいったのだった。

 その時代を生きてきた私は、少年ながら、天皇のためにこの命を捧げるのだと決意していた。そう刷り込まれてきたし、そういうと大人たちが「いい子だ」と褒めてくれた。

 いまの森友学園の塚本幼稚園と同じだ。

 

 それを、前半の家族兄弟仲良く暮らしましょうという部分(それ自体「親に孝、君に忠」を導くというアナクロ道徳観なのだが)のみを強調して、「これのどこが悪い」(稲田の答弁はまさにそうであった)と居直るのは、ある種の欺瞞である。

 それをつらぬく価値観が、まさに朝鮮民主主義人民共和国なみの世襲制君主制に拝跪しすべてを捧げよというに等しいという事実を隠蔽している。

 あえていうならば、朝鮮民主主義人民共和国自体の体制そのものが、かつての宗主国であった「大日本帝国」のリフレインともいえるのなのだ。

 

 森友学園なんぞはドブネズミに過ぎないが、その「教育勅語」を中心とした教育を高く評価するがゆえに、あからさまな利益供与を行い、それが明るみに出てもなおかつそれをかばい、真実を闇に葬ろうという連中が政権中枢を担っているという状況こそが本当に恐いのだと思う。

 国内のメディアは、ヨーロッパにおいて極右政権が成立する可能性を伝える。ただし、この国において、すでにそれが成立していることを決して伝えない。

 その首領のお供をして寿司や中華料理のご相伴に預かっている情けないメディアの姿がそこにある。