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空腹が料理を変えてしまうように、謙虚さが相手や愛を変えてしまうのだろうか。

僕の状態や態度が、世界をいくらでも変えてしまうことに今更ながらに気づいた気がしています。

僕次第、君次第で、世界は変わるし、変わっていくし、変わってしまう…。

周りや、世界から僕や君がそうされたのは、僕や君がそうだからだろう。それだけではなく、周りや僕らの世界の環境がそうだから、そうされたのだろう。どちらも言えることだと思う。

全ては取り合わせ、巡り合わせ、相性や関係性やお互いの絡みの中でそうなると思う。全ての物事の混じり合わせでそうなる。

僕だけが悪いんじゃない。君だけが悪いんじゃない。あいつらや環境だけが悪いんじゃない。全ての巡り合わせの混じり合いの結果の中で、そうなってしまったんだろうと思うから、何か一つ変えてやれば良い。…そこで、一番簡単なのは、実は自分を変えることなんだと思う。相手や世界や環境はなかなか変えられない。僕や君に対する相手や世界を変えるために、僕らを変えることだ。

美味しくないなら空腹にしてみれば良い。食べるものの選択をできる範囲で変えてみると良い。食べ方や調理法やバランスを変えてやると良い。

一つ動かすことで、僕らに対する世界のあり方は変わってくる。意固地にならずに変えてやることだと思う。変えてみることだ。

謙虚であれば感謝出来る。

謙虚であれば憎まないで済む。

謙虚であればクールでいられる。

謙虚であれば、もしかしたら赦すことができ、もしかすると赦されることが出来るのかもしれない。

して貰って当たり前と思わず、ここにいて、ここにある全てが当たり前じゃないとうれしく尊く感じるようになれるのかもしれない。

かつて一人で寂しく暮らしていた時の事を考えると、その時と今をどうしても比べてしまう。

気持ちが暗くなって、生きているのが辛かった時と比べると、今は明るく、華やかで、ずっと温かい。

色々な事を、当たり前に感じたくない。

色々な兼ね合いで世界がこうなっているという事を、忘れたくない。

愛や世界のことは単独ではない。混じり合う中での、兼ね合いなのだろうと思う。

つまり変な言い方をすれば、愛は、混じり合う中での、混じり愛と言えるのかもしれない。こう言うとバカバカしいが、わかりやすい気もする…。